「あなたのためよ」と言われた事は、本当にあなたのためでしたか?
私たち傾聴の学校で学んでいる受講生達は、
「原則として、アドバイスはしません」
と思っています。
アドバイスしているとしたら、それは、そのカウンセラーの欲が出ている状態なので、要注意です!
あなたは、お子さんや後輩、部下に対して
「あなたのために言ってるのよ」
と言った事はありますか?
また、その反対に、誰かから
「あなたのために」
と言われた事はありますか?
その「あなたのため」と言った前置きをした後の言葉は、
本当に「あなたのため」になっていましたか?
このように言っている人の背景には、ご自分の経験や知識の中からベストだと思ったことを伝えようとしてくれているので、
決して悪意があっての言葉ではない事は確かです。
だから余計にタチが悪いのですが。
シックス・ヒューマン・ニーズ(6HN)正義のニーズ
自分が正しいと思うことを押し付けたい傾向がある人は、正義のニーズが強く出る傾向の人です。
自分が正しいと思うことを他の人にも適用したいと強く思っています。
なので、「この人の為」と思ったら、自分の経験や知識を駆使して、その人の正しくないところを正そうとします。
※ここで言う「正しい」とは、人それぞれ異なった正しさです。
人は生まれた場所や育った環境によって人格が形成されていきます。
その為、同じ環境で長く過ごした人同士が「常識だと思っている事」は一致しているので、暗黙の了解として周知のことですが、
別の環境で生まれ育った人同士が一緒になると、片方が「常識だと思っている事」は他方にとっても「常識」とは限りません。
そこで、お互いの「暗黙の了解」だと思っている事が異なったまま確認をせずに話を進めていると、相手の事を「常識が無い」と思うようになります。
そして、正義感の強い人ほど、その非常識だと感じている部分を正してあげようとアレコレ手を尽くして来ます。
そして、ここでお互いの争いが始まってしまいます。
弱い立場の人は仕方なく受け入れることになり、ストレスが溜まる。
正義感が強い傾向の人同士の場合は、自分の正義をぶつけて戦おうとします。
誰もが違ってて当たり前
当たり前の事ですが、日本で育った人は特に「違うこと」に違和感を感じます。
そして、
「みんなと違う自分はおかしいのかも?」
と悩んでしまいます。
あなたの周りにも、
「みんなと違う人」は居ませんか?
その人は自分に自信のある人ですか?
それとも、他人と違う事を悩んでいる人ですか?
もしも、あなたが悩んでいるご本人でしたら、是非、私に気持ちを話してみませんか?
人は皆、違った人生を生きているので、違ってて当たり前
頭では誰もが知ってる事ですが、実際には「みんな同じ」だと錯覚しています。
特に日本人は「みんなが同じ」を正義だと思って育てられて来ました。
アメリカなどでは子供の頃から1人の人間として、自分の意見を通すことが当たり前のようですが、
日本の教育は、特に戦後の日本は、「世界に追いつけ、追い越せ」と金太郎あめ的な「同じ人間」を大量生産して来ました。
個の人間形成を助けるモンテッソーリ教育
これに対して、個々の成長に寄り添った教育として
モンテッソーリ教育が日本で何度かブームを迎えます。
私が学んだ国際モンテッソーリ協会(AMI)の松本静子先生は、天皇家にもお話に伺ったことがあるそうで、紀子さまの結婚が決まる前には、私が卒業した教師養成学校への入学も検討されていたと聞きました。
モンテッソーリ教育は、私たちが当たり前だと思って受けて来た教育方法とは少し違います。
私たちが受けた教育は、同じ年齢の子どもたちが机を並べて先生の言うことを聞いているスタイルですね。
こんな風刺画を見つけました。
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この様な一般的なスタイルとは違って、
モンテッソーリ教育は、異なった年齢の子どもたちがひとつのクラスで過ごしています。
基本的に個人活動をしていて、各自が今何をするのかを選んで取り組んでいます。
冷静になって考えれば、異なった年齢の子どもたちで構成されているクラスの方が自然な形だと思いませんか?
家庭でも年齢が異なる兄弟がいて、上の子が下の子の面倒を見たり、
下の子は上の子のやっている事を見よう見まねで学習しています。
一般的なクラスは同じ年齢の子ども達で構成されますが、幼児期の発達状態は数ヶ月でも大きな差が有ります。
4月生まれの子どもと、3月生まれの子どもではほぼ1年間の差があるにも関わらず、一斉教育では、同じ事をさせようとしていますので、
出来る子と出来ない子の間には大きな優劣が生じてしまいます。
それに対して、モンテッソーリ教育の幼児クラスでは、2歳半から6歳までの子ども達が混在しているので、出来ない子がいても、これからできる様になるんだと思う事ができます。
自分の欲を満たしたい「あなたのため」を断ち切る為に
自分で意識していないと、欲は勝手に一人歩きを始めてしまいます。
「欲が出そうだな」と早めに気がつける様に、自分を俯瞰して客観視する練習をしておきましょう。
そして、「あなたのため」と思ったら、なぜそう思うのか?自問自答してみてください。
その想いは、あなたの愛から出たものなのか?
それとも、欲から出たものなのか?
冷静に判断できる様になると、次には、その伝え方にも工夫ができます。
「愛メッセージ」で伝える
聞いた方があるかもしれませんが、「あいメッセージ」と言うものがあります。
「あい」とは、日本語の「愛」にも通ずるのですが、
元々は、「I(私は)」の「あい」から来ています。
つまり、私を主語にしたメッセージという事になります。
愛メッセージの事例
例えば、お子さんや部下を叱りたい時、ついつい感情的に怒ってしまいますが、
「叱る」と「怒る」は別のもの。
感情的になってしまうのが「怒る」ですね!
これでは、相手に伝えたい事もうまく伝わらず、感情をぶつけただけになってしまい、相手も怒られて嫌な気持ちになるだけで、反省してくれません。
アンガーマネジメント「6秒ルール」
怒りの感情と言うものは、瞬間的なものだと思いませんか?
世の中には、アンガーマネジメント「6秒ルール」と言うものがあり、怒りが生じても6秒間心の中で数えていたらその怒りは収まって来るそうです。
怒りが出そうな時の対処法として知っておくと人間関係でのトラブルも減りそうですね!
実は怒りの感情は二次的な感情で、本当はその前に別の感情が有るんです。
怒りの前にある「残念」という感情に向き合う
ご自分が怒った時の事を思い出して欲しいのですが、
あなたが怒った時、何か残念に思った事は有りませんでしたか?
何かを期待していたのに、その通りにならずに「残念!」
という感じです。
子どもや部下にやって欲しいと思っていた事が、思った通りにやってくれなかった時、
ついつい感情的になって怒ってしまいますが、
本当は「残念」な気持ちがそこにあったのだと思いませんか?
その残念な気持ちに気がつけば、その想いを愛メッセージで伝えれば良いのです。
あなたを主語にした言葉で伝えることで、相手の人を否定する事なく、気持ちを伝えることができます。
出来ていない事を伝えるのは、その人を否定している事になりますので、段々とその人の自己肯定感を下げてしまいます。
そんな事を繰り返していると、
「自分はダメな人間なんだ」
という気持ちを植え付けてしまいます。
ダメだと言ってる本人には、そんな意識は無いかもしれませんが、これが繰り返されると、それが当たり前になり、
何も出来ない人になってしまいます。
本当は沢山の可能性を持った人なのに。。。
もしもあなたが、誰かから
「あなたのためよ」
と言われて辛い想いをしているのなら、
ぜひ、その想いを私に話してみませんか?