亡くなった大切な人やペットは、この世から身体は無くなるけど存在は生き続けると思う
2025/02/25(火)に老犬アレックスが永眠しました。
私と私の父の誕生日の2日前でした。
死因は老衰の為、
死に際は苦しむことなく、
次男の見守る中、
静かに眠ったそうです。
去年の冬は食べたものを
全て吐いて、
吐くものがなくても
白い泡を吐いていて
とても苦しそうな姿を
見ました。
動物病院に入院させると、
完全看護ではないので、
気がついたときには
死んでいたって事もある
と聞き、入院はしないで、
毎朝夕、次男の出勤時に
病院に送り迎えしてもらい、
昼間だけ病院で治療を続けて
もらいました。
医療の力って凄い!
と、実感した経験でした。
点滴から流動食を経て、
普通に食べる事が
できる様になり、
以前の様に元気になりました。
元気になってからの生活
その後は、消化器ケアの
治療食に切り替えて、
サプリとお薬2種を毎日与えて
日常を取り戻しました。
今年も寒くなってきたので、
去年の様な辛い思いを
させたく無いと思っていましたが、
段々と食欲が無くなり、
朝与えたエサが
夕方の帰宅時にそのまま
残っている日も
何度かありました。
体重も少しずつ減っていたので、
神奈川県に居る娘と相談して
治療食以外にも食べられる
ものがあれば食べさせよう
と言うことになり、
初めてちゅーる系のエサを
与えてみました。
少しは食べるのですが、
全部食べるほどの食欲は無く。
推定年齢20歳はかなりの老犬
推定年齢20歳を超えましたので、
老いも進んでいました。
特に足腰が弱くなり、
今までは1階の玄関から
2階までの階段を駆け
上がっていましたが、
次第に下りができなくなり、
上りも一段ずつ上ったり、
たまに踏み外して
階段落ちしたりして、
恐怖もあったのでしょう、
次第に自分で登ろうと
しなくなりました。
それでも、朝晩の散歩には
私と出掛けていました。
散歩の距離も時間も
段々と短くなり、
最期の数日は家の前で
クルクル回っていました。
筋力がどんどん弱っていて、
多分、頭を持ち上げる事も
困難になっていたのでしょう、
頭を下げたまま歩いていて、
前が見えていないので、
時々ぶつかっていました。
家の中では、
隙間などに頭を突っ込んで
前に進めなくなっている事も
しばしばでした。
目も耳も衰えている様で、
近所の犬とすれ違う時は
吠えていたのに、
最近は全く気がついていない
みたいで無視していました。
痴呆の症状も
チラホラ見えていました。
医学の力で延命は幾らでもできるけど
果たしてそんな生き方を
アレックスが望んでいるだろうか?
死なせたくないと思うのは、
単なる人間のエゴなんじゃ
ないだろうか?
人間のエゴで寿命を延ばしても、
去年の様にまた苦しむ時が
来るのなら、
自然に与えられた寿命を
全うしたほうが幸せなんじゃ
ないだろうか?
と、考えるようになりました。
そして、アレックスが
どんどん衰弱していくのを
家族で見ながら、
アレックスの旅立ちの時は
もう近くまで来ているんだろう
と感じていました。
最期を迎える瞬間
アレックスの最期の時に、
苦しまなかったこと、
家族が1人でもそばに
居てあげられたことが、
残された家族にとっても
救いとなりました。
亡くなった人やペットは、
身体を失ってしまいますが、
その存在はこの世から
無くなった訳ではなく、
ずっと、私たちの心の中で
生き続けるのだと思います。
今も日常生活の中で時々、
アレックスの存在を感じる
事が有ります。
まだ亡くなってから
1週間程度だからなのかも
しれませんが。
私の父は、アレックスの
推定誕生日に他界しました。
その5年後の命日に
譲渡会で出会い、
その日のうちに里親として
迎え入れる事が決まり
ましたので、
父の生まれ変わりなんじゃ
ないか?と、
勝手に設定していました。
そう思うからでしょうが、
時々、父を感じる事も
有りました。
父が亡くなった時にも
それ程悲しみは有りませんでした。
父はガンで亡くなったので、
闘病生活が終わり、
苦しみから解放される
のだと思うと、
これまで頑張ってくれて
ありがとうの気持ちの方が
強かったと思います。
亡くなってからの喪失感は有りません
アレックスが亡くなった今も
まだ悲しみの感情は有りません。
毎日の朝と帰宅時に
アレックスの散歩を
担当していましたが、
それ以外では、
ちょっとだけ距離感があり、
お互いに、構いたい時だけ
近づいていた様な
関係性だったからでしょうか。
アレックスは、私にとって、
抱きしめたりするのに
サイズ感もちょうど良く、
コーチングやカウンセリングの
心の勉強をしている時にも
言葉を発する事ができない
モニター役になってもらったり、
散歩をしている時は、
瞑想みたいな状態で
散歩する事ができたり、
なくてはならないけど、
いつもそばに居なきゃ
ならない程でもなく、
全てが私にとって丁度良い存在でした。
私たちの家族になってくれて
家族を癒してくれて
ありがとう!
これからもそばに居て
支えてください。