朝の読書会で地上の楽園ができる条件を見つけたよ
今朝の読書会では、至る所で私の心に響きました!
その中の一つに、私が求めている地上が楽園になる条件について語られていました。
毎週じゃない時も多いけど、
日曜日のミサでお祈りしている
「みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。」
の様に、天の国が地上にも現実のものとなる様になる為のヒントを受け取りました。
【参考】
主の祈り | カトリック中央協議会
■境界線について常に想うこと
その前に、
普段から私の中で思っている事について書いておきますね。
それは、
自分とそれ以外に境界線を引くとその違いが浮き彫りにされて
「違うもの」とジャッジが始まり、争いに繋がる。
というものです。
以前にも似た様なテーマで書いてますので、良かったら併せてご覧ください。
楽園 - Search Results - ホームカウンセラーの館
繰り返しになりますが、関連投稿をご覧にならない方の為に、少し今の想いを書かせて頂きますね。
■自分とそれ以外との間に境界線を引くことをやめる
(事例1)個人間の境界線
1番小さな単位としては、自分とそれ以外の人との間に境界線が有ります。
境界線を引くと、自分とそれ以外との間には、共通点ではなくて、相違点にフォーカスが当たります。
つまり、自分とは違う部分が見えているのですが、
「違う」と思った時に、それをどの様に解釈するでしょうか?
●自分と違うので排除する場合
●自分には無い「よいもの」として、受容する場合
後者の場合なら、羨ましいと素直に思えて受容し、
その結果、平和に向かうと思いますが。
殆どの人は、前者の排除する方向に向かうのではないでしょうか?
妬みとして反応したり、攻撃したりする場合もあります。
そこで、その他者を自分側に取り込んでみたらどうなるでしょうか?
その為には共通点を探すのが良いと思います。
共通点を持つ事で、「自分たち」となり、その人も境界線の自分側に入ることになります。
(事例2)家族の場合
家族を例に考えてみると、
個人間の時は、自分と親の間に境界線を引いた場合と、
家族として、「自分たち」として家族以外との関係性にフォーカスしてみると
ご近所さんとの違いにフォーカスします。
(事例3)その他
更にその範囲をどんどん拡げて、
学校のクラス間だったり、
会社の職場間だったり、
国と国の間だったり、、、
でも、それら全てを自分側にすると、境界線は必要なくなります。
全てが自分ごとになり、全てが仲間になる
仲間同士の間に争いは無く、
足りないものがあれば補い合ったり、
できない事があれば協力したり、援助したり、
全てが満たされた平和な状態が現実化すると想うのです。
今日朗読された箇所では、
「自分も他人も神であると思う」事によって、相手を受け入れる事ができるという流れになっていました。
そうやって、全ての人が神である事に気がついたら、
それは、地上が神の国になったのと同じことですよね!
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