ホームカウンセラーの館にお越し頂きありがとうございます。
館長のt2o3(てつおさん)です。
Aさん、あなたは善悪の実を食べたかい?
■補足説明■
※私の別のブログで頻繁に出てくる
「Aさん」ですが、その意味は、
「ASUのANATA(明日のあなた)」
という意味で使っています。
つまり、読んでくれている読者の方
ご本人だったり、周りの人だったり、
今現在は遭遇していなくても、
将来遭遇するかもしれない
「Aさん」の事です。
■■
そして、「善悪の実を食べたかい?」
という問いは、聖書に出てくる
「善悪の実」を意識しています。
「善悪の実」を食べたことによって
2人の人間(アダムとイヴ)は、
「善悪をジャッジする」という心を
手に入れました。
つまり、タイトルの問いは、
「自分の中に、善悪をジャッジする心は在るかい?」
という意味です。
私は、人の心の中には、善悪をジャッジする
心が在るのだと思っています。
そして、そのジャッジをする判定基準は、
生まれてから今までの生活環境や色々な
経験を経て構築されたものだと思います。
だから、人それぞれの判定基準は異なりますし、
他人を自分の判定基準でジャッジしようとします。
もちろん、その逆もあり、
他人の判定基準で自分がジャッジ
されている事もあるでしょう。
神様はなぜ、人間に対して
「善悪の木の実を食べてはならない」
と言われたけど、
それを阻止しようとはされなかった
のだと思いますか?
それは、人間の自由意志を尊重して
下さったからだと思います。
つまり、神様は、人間が自分自身の
責任のもと、約束を守る事も、
約束を破る事もどちらを選んでも
「善し」とされました。
そして、神様はそれ以外の全ての事も
善しとされています。
今この瞬間には、悪いことのように
人間が感じても、大きな視点で見れば、
神様の計画があり、
全てはうまく行ってると知ることができます。
更に神様は、人間に地球上で色んな事を
経験して欲しいと望まれています。
全てを楽チンにこなすことも善しとしますし、
色んな困難に立ち向かうことも善しとされています。
困難に立ち向かって乗り越えることも、
打ちひしがれることも、
自分で体験して欲しい。そして、
どう感じたのかを感じて欲しいと
望まれています。
目の前の選択は、人間であるあなたに
委ねられていますので、
あなたの自由意志で選んで良いのです。
その結果、楽しい、嬉しいなどの感情を
味わうも良いし、
悲しい、寂しい、辛いなどの感情を味わうも
良いのです。
【事象は一つ、解釈は無限大】
目の前にある事象は、ただそこに在るだけ。
ですが、
人間はその事象に何かしらの意味付けを
したくなります。
そして、その意味づけは、
自分の望む未来に繋がる解釈でも良いし、
逆に望まない未来に繋がっている
解釈でも良いのです。
神様は、人間の欲張りなところも
善しとされています。
日本人は謙虚さが美徳だと
教育されて来ましたが、
聖書には、「望めば何でも与えられる」と書いてあります。
ここで言う「望む」行為には、
ちょっとしたコツが有るのですが、
その部分については多くの人が知らないまま、
誤解したままです。
最近になって、多くの人が知らされたり、
自分で気が付いたりして、知っている人も
増えつつあると感じていますが。。。
Aさんにお伝えしたいのは、
ご自分が何を望んでいるのかを知ることです。
その答えはあなたの中にあります。
そして、今現在、
人生の分岐点に立っている自覚があるなら、
これから選択しようとしている選択肢は、
自分の望んでいる未来に繋がっているのか?
という事を考えて欲しいと思います。
世間体や周りの人達の意見に振り回される
のではなく、です。
未来の自分が、
「今の選択は間違いが無かった。
こっちを選択してくれてありがとう」
と思える選択をして欲しいと思います。