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気にかけてもらえることと、心配されることの違い
私個人の感覚の話になりますが、
誰かに気にかけてもらえているというのは嬉しい気がするのですが、
心配してくれているというのは、なぜか嫌だなと感じていました。
今日、あることをきっかけにその違いについて考えてみました。
コレは、私個人の見解であり、他の人が同じだとは限らない。という前提でこの先を読んで欲しいと思います。
気にかけてもらえるとは
マザーテレサの言葉として教えてもらった、こんな言葉があります。
「愛の反対は憎しみではなく、
無関心である」
私はこの言葉を教えてもらってから、逆も真なりと思い、
「関心を寄せることは、
愛を注ぐこと」
と解釈しました。
「あなたがそこにいることを
私は認識してますよ。」
という想いを込めて、関心を寄せるようになりました。
アイコンタクトだけでも、その人に対して意識を向ける事で、
その人の存在を認めていると意思表示しているつもりです。
自由で在りたい。拘束されたくない。
もう一つ、他人に縛られたくないと言う想いも強く持っていると思います。
心配されていると、「こうだったら良いのに、そうじゃないと想われている」
と感じるのでしょうか?
他人に干渉されたくないと言う気持ちも有ると思います。
引き寄せの法則的な解釈
引き寄せの法則や量子力学的な視点で見ると、
心配すると言うことは、その人に対して意識(フォトン)を飛ばすと言う状態になります。
すると、そのフォントが現実化していくので、
心配している事が現実化する。
という恐れが有るのだと思います。
特に沢山の人から心配されると、それだけ負のエネルギーが強く飛ばされて、現実化するスピードが速くなります。
そんな風に無意識の中で思っているから、他人から心配されたくないと思っているのかもしれません。
私は、どうして欲しいの?
先にも書きましたが、
気にかけてもらえていると感じる事は、嬉しく思っています。
機会ある毎に
「上手に心配してね」
とお願いしているのですが、
この「上手に」の部分が難しいのでしょう。
簡単に言うと、
「望む未来が実現した様に想像して欲しい」
と言うことになります。
簡単かな?
例えば、あなたの友人が、病気や怪我をしていると知った時、
どんな風に想っていますか?
大抵の人は、その病気や怪我の事を考えて、痛いだろうなとか、辛いだろうなとか、もしかしたらと、最悪な結果を想像して、心配しているのではないでしょうか?
もしも、その想像が現実化するとしたら?そんな想像はしたくないですよね?
だったら、望む未来を想像してあげてください。
怪我や病気が回復しているイメージをしたり、
回復後に何か楽しい事をしているイメージをしたり。
自分の思考は、自分で好きな方を選ぶ事が出来ます。
だったら、嫌な結果よりも望む結果を想像しませんか?
その方が、自分も、相手の人も幸せだと思います。
ぜひ、チャレンジしてみて、習慣化してください!
感想や想うことが有りましたら、是非コメントやメッセージをくださいね!